作家が凛と立つ 
      小阪美鈴書展「春の調べ」
            25年かけた゛自己発見

 なぜだろう、といつも思いながら、いまだにちゃんとした答えが得られない。書に人が表れるという不思議のことだ。しかも実際まざまざと表れるのだから、まだまだ悩むことになるだろう。小阪美鈴氏の書作品は、和服をたおやかに着こなす美しい作家自身が、字が流れる流れそのものとなって凛(りん)とその場に立っている。
 カザブランカがはっ、と咲いた四畳半。屏風(びょうぶ)に月の光がなだれるように、
 心地よい水や風の音が流れる
と、あった。
 一気に走った墨の跡が人の立ち姿そのものに見えるのは、そこに筆の痕跡がないからだ。筆で書いて筆がないとは無論、矛盾ではあるけれど、しかし作家は水と風の音を全身で受け止めて、全身で感応し、全身で書いたのだ。自然の響きと作家の心身の響きの間で、物理的な筆は消えた。
 「これだ、と体ごと思えたのは、やっと1年前でした」
 二十五年間も書き続けてきた人のこの一言は重い。
十年前に村上翔雲氏と出会えたのが転機になった。自分を書きなさい、と教えられた。同時に、自分が書けるようになるためには、古典を全力で吸収しなければならない、と。
 もう一つ、作家に自分を発見させた契機がある。七年ほど前、鳥取の母の実家で茶色に変色したワラバン紙の束を見た。一歳の時に亡くなった父親の遺品であった。神主であったとしか聞いていなかった父の、それはひそかに書かれていた小説だった。
 「プロの作家が書くようなこなれた原稿ではありません。でも・・・」
 彼女は顔も覚えていない父を通して、自分を、そして人の闇(やみ)を見いだした。
 神戸市在住。「春の調べ」は喫茶&ギャラリーあいうゑむにて。ギャラリー主で詩人の福永祥子氏の誘いで開いた初めての個展。
                                            山本忠勝記者
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