(掲載日:2003/12/09)
文芸評論家 ダミアン・フラナガン 今、本当の漱石が現れる
「日本人だけが読むべき文学なんてない。名作を世界から隔絶するのは、鎖国も同然」(撮影・神子素慎一)

 年前。名もなき日本人学者が渡英し、文学を学んだ。約一世紀を経て、日本の「国民的作家」になった彼について学ぶため、イギリス人青年が神戸を訪れる。

 「日本人が知らない夏目漱石」(世界思想社)。挑発的なタイトルの漱石論を、この夏発表した。「『門』にはニーチェ思想の影響が強い」「『三四郎』の重要なテーマ『ストレイシープ(迷羊)』は、十九世紀英国の画家ホルマン・ハントの『雇われの羊飼い』から想を得た」…。確かに、日本の研究者にはなかった視点から、次々に新説を唱える。

 「漱石と西洋のかかわりは深いのに、日本の評論家はあくまで保守的な、日本的な価値観の持ち主として、彼をとらえたがる。そんな国家主義は、漱石が最も嫌ったものなのに」

 教科書に漱石作品が載らなくなり、千円札からも姿を消そうとしている。日本人さえ漱石を忘れようとしている今。なぜ?

 「これでやっと、日本の『国民的作家』なんていう呪縛(じゆばく)から解放される。本当の漱石が今こそ、再び僕らの前に現れるんですよ」

 石との出合いは十九歳。「吾輩は猫である」でなく、「I Am a Cat」。そこから出発した論理は、明快だ。

 高校時代は理系志望。必修は物理、数学、化学だったが、なぜか学年で四人の日本語クラスも取っていた。「軽い気持ちで選んだけれど、そのイギリス人教師は日本を情熱的に愛してた。今の僕があるのは先生のおかげ」

 ケンブリッジ大進学後も物理学を専攻するが、肌が合わず東洋学部へ。漱石を知る。「漱石はシェークスピアに匹敵する文豪だ」。その確信を証明するため、さらに英文学部へ転部。だが世界文学に精通した教授さえ、漱石の名を知らなかった。

 「漱石が欧米で読まれない理由は二つ。第一に、三島や谷崎のような分かりやすい『日本らしさ』がない。第二は、日本のPR不足。イギリスは数世紀もの宣伝を通して、シェークスピアを世界的文豪にしたんだから」

 東西を超えた宇宙観ゆえ、欧米から無視されてきた漱石。だがそれゆえに、時代を超える力を持つはず…。

 斎はインターネットカフェ。「日本人が知らない夏目漱石」も、4年通って書き上げた。「家にもパソコンはあるけれど、こもりきりじゃアイデアは浮かばないからね」

 神戸大大学院に留学したのは10年前。震災では、六甲の自宅が半壊した。「関東には大地震が来ると聞いてこっちに来たのに。でもあのとき、人の温かさを知った」。その後、甲子園球場近くに引っ越した。活気あふれる町に、人に惚(ほ)れこんでいる。「もうすっかり関西人です」

 来春には「倫敦塔」「カーライル博物館」など、イギリス関連の漱石の小品を英訳出版する予定。その次には、より個人的な立場から漱石についてつづった読み物を。さらに、日本で評価されていないイギリス人作家のことも伝えたい。自分の手でフィクションも書きたい…。

 「日本と英語圏の文学をつなぎたい。『国文学』なんて壁、飛び越えて」(平松正子)

 ダミアン・フラナガン1969年、英国・マンチェスター生まれ。ケンブリッジ大、国際基督教大、神戸大博士課程で学ぶ。現在は西宮市とマンチェスターの自宅を行き来しながら執筆活動中。


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